飲み会という“教育の場”
「ちょっと飲みに行こうか」 先輩からそう声をかけられたのは、まだ社会人になって間もない頃だった。居酒屋のカウンターでビールを片手に、仕事の姿勢や人間関係の築き方、気をつけるべき言葉遣いなどを教わった。時には厳しい言葉もあったが、そこには「育てよう」という思いが感じられたし、何より“自分のため”に時間を割いてくれていることが嬉しかった。
昭和の職場では、こうした飲み会が“教育の場”だった。業務時間外にこそ本音が語られ、上下関係を超えた信頼が生まれる。そんな文化の中で、私は社会人としての土台を築いてきた。
令和の視点から見える“違和感”
ところが、令和の今、その“教育の場”が「ハラスメント」として問題視されることがある。 「飲み会に誘うのは強制では?」 「業務外で指導するのは不適切では?」 そんな声が聞こえてくるたびに、少し寂しさを感じる。あの頃の先輩たちは、決して威圧するつもりではなかった。ただ、言葉の選び方や場の空気が、今の価値観では“圧力”と受け取られてしまうこともあるのだ。
研修で学んだ「ハラスメントの定義」は、昭和的な感覚とは大きく異なる。セクハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラ――それぞれに明確な基準があり、企業は法的責任を問われる可能性もある。時代は変わったのだ。
境界線を見つめ直す
では、昭和的な教育のすべてが否定されるべきなのか。私はそうは思わない。 あの飲み会で教わった「人の話を最後まで聞け」「困っている人には声をかけろ」という言葉は、今も私の仕事の軸になっている。問題なのは、強制や押しつけになってしまうこと。つまり、“伝え方”と“場の選び方”が変わっただけなのだ。
令和の職場では、面談や研修など、公式な場でのフィードバックが求められる。相手の意思を尊重し、選択の自由を守ることが大切だ。昭和的な「育てたい」という思いを、令和的な「寄り添う姿勢」に変換すること。それが、今の時代に必要な“境界線の感覚”なのだと思う。
これからの職場づくり
ハラスメント防止研修を受けて、私は改めて「職場の空気は一人ひとりの意識で変わる」と感じた。 昔の価値観にしがみつくのではなく、今のルールを理解し、未来の働き方に合わせていく。その中で、昭和の良さも令和の知恵も、どちらも活かせる職場をつくっていきたい。
「自分がされて嫌だったことは、他人にしない」 「相手の気持ちに寄り添う」 この2つの言葉を胸に、私はこれからも働いていく。