朝の空気が急に冷たくなった。 窓の外では、しとしとと雨が降り続いている。 その音は、まるで昨日の記憶を洗い流すように、静かに、しかし確かに世界を濡らしていく。
車のエンジンをかけ、今日はどんな音楽を聴きながら行こうかと考える。そうこんな日は、『In the Court of the Crimson King』。 このアルバムは、ただの音楽ではない。 それは、雨の日の通勤という儀式に寄り添う、もうひとつの風景だ。
🌫️「21st Century Schizoid Man」──世界が裂ける瞬間
最初の一音が鳴った瞬間、車内の空気が変わる。 歪んだギターと叫ぶようなボーカルが、眠気を切り裂く。 まるで、曇天の空が一瞬だけ怒りを見せるような、そんな衝撃。
けれどその後に訪れる静寂は、さらに深い。
🍂「I Talk to the Wind」──風と語る、雨の中で
雨粒が窓を叩く音と、メロトロンの柔らかな響きが重なる。 この曲は、風と語るというよりも、風に語られるような感覚だ。 「君の言葉は、風のように通り過ぎていく」──そんな歌詞が、今朝の空気にぴったりと寄り添う。
🕯️「Epitaph」──混沌の中の祈り
「Confusion will be my epitaph」 この一節が流れると、なぜか胸が締めつけられる。 混沌の中で、それでも人は祈る。 雨の日の通勤は、そんな祈りの時間でもあるのかもしれない。
🌙「Moonchild」──雨粒のダンス
車が信号で止まるたび、雨粒がフロントガラスを踊る。 「Moonchild」の即興的な音の流れが、それに呼応するように揺れる。 この曲は、雨の日にしか聴けない魔法を持っている。
👑「The Court of the Crimson King」──宮殿への帰還
最後の曲が流れる頃、職場の駐車場が見えてくる。 けれど、心はまだ宮殿の中にいる。 赤い王の宮殿──それは、現実と幻想の境界線にある場所。 雨の日の通勤は、その扉を開く鍵なのかもしれない。
このアルバムは、ただ聴くだけではなく、風景と心象を繋ぐ道具だ。 そして雨の日は、その道具が最も美しく響く瞬間。 今日もまた、音楽が私を運んでくれる。 冷たい雨の中を、静かに、確かに。