長らく積読状態だった本が、ようやく日の目を見た。 理由は単純で、しかし私にとっては大きな変化だった。老眼が進み、小さな文字がどうにも読みにくくなっていたのだ。ページを開いても、文字が霞んで見える。紙の本を読むという習慣が、少しずつ遠ざかっていた。
そんなある日、ふと思い立ってリーディンググラス──いわゆる老眼鏡──を購入した。 試しにかけてみると、驚くほどくっきりと文字が見える。あの小さな活字が、まるで「待っていたよ」と語りかけてくるようだった。
そして私は、ずっと途中で止まっていた『逆説の日本史26 明治激闘編』を手に取った。
🔍「逆説の日本史」とは何か──教科書の外にある物語
井沢元彦氏による『逆説の日本史』シリーズは、学校で習った“定説”を疑い、歴史の裏側にある人間の感情や構造を読み解く壮大な試みだ。 私自身、明治維新以降の歴史には疎く、教科書では「勝った」「改革した」といった表面的な記述しか覚えていない。だがこのシリーズは、そうした“語られなかった部分”に光を当ててくれる。
第26巻「明治激闘編」では、日露戦争と日比谷焼打事件を中心に、近代日本の転機を描いている。軍神・乃木希典の「愚将説」、東郷平八郎の「丁字戦法の神話」、そしてポーツマス条約に対する民衆の怒り──それらが、単なる史実ではなく、感情と構造のドラマとして立ち上がってくる。
🔥日比谷焼打事件──民衆の怒りと国家の分岐点
この巻で特に印象に残ったのは、日比谷焼打事件の描写だ。 ポーツマス条約に不満を抱いた民衆が暴動を起こす。教科書では「治安の乱れ」として処理されがちなこの事件を、井沢氏は「帝国崩壊の予兆」として位置づける。
民衆の怒りは、単なる経済的不満ではない。情報の不透明さ、軍神という虚像、そして“言霊”に縛られた国家の姿勢──それらが複雑に絡み合い、爆発したのだ。
🌊小村寿太郎──宮崎が生んだ外交の鬼才、その光と影
『逆説の日本史26 明治激闘編』を読んでいて、私にとって特別な感情が湧いた人物がいる。 それが、小村寿太郎。日露戦争後のポーツマス条約を締結した外交官であり、私と同じ宮崎県の出身者でもある。
井沢元彦氏は、小村を「冷徹なリアリスト」として描いている。 国力の限界を見極め、ロシアとの講和交渉に臨んだ彼は、国内の期待とは裏腹に、賠償金を得ることなく条約をまとめた。これが日比谷焼打事件の引き金となったのは周知の通りだ。
だが、井沢氏の評価は一面的ではない。 小村は、感情ではなく現実を見据えた外交を貫いた。国民の怒りを買ったとしても、彼の判断が帝国の存続を支えたという視点が提示される。 「英雄ではないが、国家のために汚れ役を引き受けた人物」──そんなニュアンスが、私には深く響いた。
宮崎の地から、あの激動の国際舞台へと立った小村寿太郎。 その姿は、郷土の誇りであると同時に、「歴史における孤独な正しさ」を体現しているようにも思える。
🖋道具が記憶をつなぐ──読書の再開とリーディンググラス
読了したとき、私は静かな達成感に包まれていた。 リーディンググラスという小さな道具が、紙の本を読むという習慣を取り戻させてくれた。 それは単なる視力補助ではなく、記憶と知識をつなぐ“鍵”だったように思う。
このシリーズはまだ手元に2冊残っている。 老眼鏡をかけてページをめくるたび、歴史の中に埋もれていた声が聞こえてくる。 それは、かつて教えられなかった“もうひとつの日本”の物語だ。