雪の小布施と見られなかった北斎――映画『HOKUSAI』を観て思い出した旅の記憶

投稿者: | 2025年11月3日

3月の小布施は、宮崎育ちの私にとってまるで異国だった。 春の気配が漂うはずの季節に、雪が舞い、吐く息は白く、指先はかじかんだ。 あの日、私は北斎館を訪れた。だが、運悪く改装中。館の扉は閉ざされ、北斎の絵に触れることは叶わなかった。

それから十年近くが経ち、映画『HOKUSAI』を観た。 あのとき見られなかった北斎が、スクリーンの中で息づいていた。

映画『HOKUSAI』――絵師の生き様に触れる

2021年公開の『HOKUSAI』は、浮世絵師・葛飾北斎の人生を描いた伝記映画だ。 青年期を柳楽優弥、老年期を田中泯が演じ、時代の波に抗いながら絵を描き続けた北斎の姿が、力強く映し出される。

物語は、貧乏絵師・勝川春朗(若き北斎)が版元・蔦屋重三郎に見出されるところから始まる。 喜多川歌麿や東洲斎写楽らとともに、町人文化の中で新しい表現を模索する北斎。 だが、幕府の規制や時代の圧力が彼の自由を奪おうとする。 それでも彼は筆を握り続ける――「時代のせいにするな、己の“好き”を貫け」と。

小布施と北斎――老いてなお盛ん

映画の後半、老年期の北斎が描かれる。 田中泯の演技は、まるで筆そのものが身体に宿ったかのようだった。 この頃、北斎は小布施に滞在し、祭屋台の天井絵「怒涛図」「鳳凰図」などを描いた。 私が訪れた北斎館には、まさにその作品が展示されていたはずだった。

改装中で見られなかったことが、今では不思議と記憶に残っている。 雪の舞う町並みと、閉ざされた扉。 それはまるで、北斎の人生の一幕――困難の中で創作を続けた姿――を象徴していたようにも思える。

道具と記憶――北斎が教えてくれたこと

北斎は、筆一本で世界を描いた。 その姿勢は、私がレビューを書くときに使う万年筆や、音楽を聴くイヤホンにも通じる。 道具は記憶を宿す。 そして、記憶は時を超えて、私たちに語りかけてくる。

映画『HOKUSAI』は、絵師の人生を描くだけでなく、「創ること」の意味を問いかけてくる。 それは、雪の小布施で見られなかった絵の代わりに、私の中に残った“物語”だったのかもしれない。

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