朝のコーヒーを淹れながら、ふと読み終えたばかりの『新・御宿かわせみ2 華族夫人の忘れもの』の余韻が胸に広がる。明治の東京を舞台にしたこのシリーズは、旧幕時代の香りを残しながらも、新しい時代の息吹を感じさせてくれる。とりわけこの巻は、過去と現在、そして未来をつなぐ「記憶の橋渡し」のような一冊だった。
物語の中心にいるのは、元公卿の第三夫人・蝶子。格式高い華族夫人という肩書きに反して、彼女の振る舞いは自由奔放で、どこか人懐っこい。築地居留地で賭事に興じる姿に、千春が困惑する場面は、読者としても思わず眉をひそめたくなる。しかし、蝶子の「忘れもの」が明らかになったとき、その印象は一変する。
それは、麻太郎の幼少期に関わる御守袋。小さな布に包まれた記憶が、るいと通之進の時代をそっと呼び起こす。かつて「かわせみ」で育った子供たち──麻太郎、源太郎、花世、千春──が、今やそれぞれの役割を担い、物語の中心に立っていることに気づいたとき、私は静かにページを閉じた。
この巻は、単なる事件簿ではない。忘れられたもの、置き去りにされたものが、実は未来への手がかりだったということを教えてくれる。それは、私たちの日常にも通じる話だ。父から受け継いだ万年筆、読み返した古い手紙、棚の奥にしまわれたカセットテープ──それらはすべて、過去と今をつなぐ「忘れもの」なのかもしれない。
『新・御宿かわせみ』というシリーズ自体も、旧シリーズとのつながりを意識した構成になっている。蝶子の再登場は、旧作を読んできた者にとっては嬉しい再会であり、物語の時間軸が一本の糸でつながっていることを実感させてくれる。
今年の初め、親戚の結婚式で訪れた横浜。山下公園の海風に吹かれながら、居留地跡を歩いた記憶が、蝶子夫人の物語と重なった。あの街には、過去と現在が同居している。忘れものを拾うように、私は物語の中で自分の記憶を見つけた。
記憶とは、時に忘れられ、時に思い出されるもの。けれど、その忘れものが誰かの手に渡ったとき、物語は再び動き出す。そんな静かな奇跡を描いたこの巻は、読後にそっと心を温めてくれる。
さて、次の巻ではどんな「忘れもの」が登場するのだろう。朝の読書が、またひとつ楽しみになった。