― デザインと記憶の関係 ―
キッチンの片隅に佇む、黒く艶やかなフォルム。 ネスカフェ ドルチェグスト「エスペルタ」。 その姿を初めて見たとき、私は迷うことなく購入を決めた。機能ではなく、形に惹かれたのだ。
形に宿る感情
エスペルタのデザインは、どこか生き物のような温もりがある。 流線型のボディは、未来的でありながら、どこか懐かしい。 まるで、昔読んだSF漫画の中に登場する「相棒」のような存在。 コーヒーを淹れるたびに、あのときの直感が正しかったと感じる。
Bluetoothがつながらない日もある。 アプリがうまく反応しないこともある。 それでも、私はこのマシンを「お気に入り」と呼ぶ。 なぜなら、機能以上に「記憶」がこの形に宿っているからだ。
道具と記憶の交差点
私たちは、道具を使うことで日々を形づくっている。 しかし、使い込んだ道具は、いつしか「記憶の容れ物」になる。 エスペルタで淹れたコーヒーの香りは、朝の静かな時間、読書のページ、ジャーナルの一行と結びついている。 その形を見るだけで、過去の自分と今の自分がつながるような感覚がある。
退場した名機との暮らし
エスペルタは、すでにネスカフェのラインナップから外れている。 「高級モデルとして退場した」という言葉には、少しの寂しさと誇らしさが混じる。 今も現役で使っていることが、ちょっとした抵抗であり、愛着の証でもある。
新しいモデルが次々と登場する中で、私はこの一台を使い続ける。 それは、単なる「機能の選択」ではなく、「記憶の継続」なのだ。
形が語る物語
一目惚れした形は、今も私の心を満たしている。 それは、過去の自分が選んだ「美意識」と「感情」が、今も生きている証。 道具は使い捨てではなく、記憶とともに育てていくもの。 そう思えるからこそ、私はこのエスペルタを、今日もそっと撫でてからコーヒーを淹れる。