「名探偵にさよならを」──記憶と推理の果てにあるもの

投稿者: | 2025年9月28日

小西マサテルさんの『名探偵にさよならを』を読了しました。シリーズ三部作の完結編にふさわしく、静かで深い余韻が残る一冊でした。

物語の中心にいるのは、認知症を患いながらも推理を続ける祖父と、その孫・楓。彼らが紡ぐ謎解きは、どれも古典ミステリーへの敬意に満ちていて、読者を知的な興奮へと誘います。密室、消失、記憶喪失──どれも魅力的な謎ですが、今作で最も心に残ったのは、病院での祖父と楓のやりとりでした。

詳しくは書きませんが、あの場面は、私自身の父が最近入院したこともあり、胸に迫るものがありました。病室という空間は、日常と非日常の境界線に立つ場所です。そこでは、普段は見えない感情や記憶が、ふとした拍子に顔を出します。祖父が語る言葉、楓の沈黙──その一つひとつが、私の中の「家族の記憶」を揺さぶりました。

この作品は、単なる謎解きではありません。老いと記憶、家族の絆、そして「役割を果たし続けること」の尊さを描いた物語です。推理が冴え渡るほどに、祖父の記憶は薄れていく。その対比が、切なくも美しい。

私がこの作品に惹かれるのは、道具や記録、そして物語が「記憶の補助線」として機能している点です。祖父の推理は、まるで記憶の断片をつなぎ合わせる作業のようであり、それは私が日々手帳やブログに綴る営みにも通じます。記憶が薄れても、物語は残る。そう信じたい。

「おじいちゃん、まだそばにいてよ。もっと物語を聞かせて――」

この言葉が、今の私にはとても響きました。家族の記憶を綴ること、物語を残すこと。それは、誰かの「さよなら」に抗う小さな灯火なのかもしれません。

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