史実に忠実な歴史小説も良いけれど、時代小説を読むならやっぱり、 悪は懲らしめられ、善が報われる「勧善懲悪」でスカッとしたい。 そして、登場人物の哀しみや優しさに触れて、ほろっと涙する人情噺が欲しい。 文章は軽快で読みやすく、物語の合間にその時代の料理が登場すれば、もう言うことなし。
そんな欲張りな読者の願いを、見事に叶えてくれるのが── 岡本さとる『居酒屋お夏』シリーズだ。
居酒屋の奥に潜むもう一つの顔──『居酒屋お夏(一)』岡本さとる
江戸・目黒不動の近くに、ひっそりと佇む居酒屋「お夏」。 化粧っ気なし、毒舌で「くそ婆ァ」と煙たがられる女将・お夏が切り盛りするこの店には、今日も訳ありの客が集う。
だが、夜が更けると── 彼女は妖艶な美女へと姿を変え、もう一つの顔を持つ。
人情と勧善懲悪の絶妙なバランス
岡本さとるの『居酒屋お夏(一)』は、江戸の市井に生きる人々の哀しみと希望を、料理と会話を通じて描く人情時代小説。 一話完結の形式ながら、物語は徐々に深みを増し、お夏の過去や正義感が浮かび上がってくる。
特に印象的なのは、遊女殺しの事件をきっかけに、お夏が静かに怒りを燃やす場面。 「料理は人を癒すが、時に人を裁く」──そんな言葉が聞こえてきそうな展開に、読者は胸を打たれる。
道具と記憶──日常に潜む物語
お夏が作る料理は、どれも懐かしい味。 根深汁、つまみ食い、春呼ぶどんぶり──料理名だけで、記憶の奥にある母の台所や、祖父母との夕餉が蘇る。
この作品は、和彦さんが大切にされている「道具の記憶」や「日常の物語」と深く通じるものがあります。 居酒屋という空間が、過去と現在、人と人をつなぐ「記憶の器」として機能しているのです。
読後感とブログの読者へ
『居酒屋お夏(一)』は、時代小説初心者にもおすすめできる一冊。 人情、料理、そして少しの謎──その絶妙なバランスが、読者の心を温めてくれます。
「in the Forest」の読者にとっても、日々の営みの中にある物語を再発見するきっかけになるはずです。 ぜひ、秋の夜長に一杯のお茶とともに、お夏の居酒屋を訪れてみてください。