――畠山健二『本所おけら長屋』第一巻を読んで
江戸の長屋に暮らす人々の姿を描いた畠山健二『本所おけら長屋』。第一巻に収められた四つの短編は、笑いと涙、そして人と人とのつながりが詰まった物語だ。舞台は本所亀沢町の“おけら長屋”――貧乏だが、どこか憎めない住人たちが集う場所。彼らのやりとりは、まるで落語の一席のように軽妙で、しかし芯には確かな人情がある。
万松騒動記:騒がしくも憎めない日常
万造と松吉の“万松コンビ”が巻き起こす騒動は、長屋の空気を一気に読者に伝えてくれる。口は悪いが根は優しい、そんな江戸っ子の典型がここにある。現代にも、SNSで毒舌を吐きながらも、実は誰かを気遣っている人がいる。表面だけでは測れない人間の奥行きが、ここにはある。
お染の秘密:過去を抱えて生きるということ
後家のお染が抱える秘密は、静かに、しかし深く心に残る。人は誰しも、言えない過去や傷を持っている。それを隠しながらも、誰かに寄り添い、支えられて生きていく。現代の孤独や再出発の物語と重なり、読者はお染の姿に自分を重ねるかもしれない。
鉄斎、来たる:異物がもたらす変化
浪人・島田鉄斎の登場は、長屋に新たな風を吹き込む。彼の冷静さと剣の腕は、騒がしい住人たちとは対照的だが、やがて彼も長屋の一員となっていく。異なる価値観を持つ者が共存することの難しさと面白さ――これは、現代の多様性や地域コミュニティの課題にも通じるテーマだ。
八五郎の決意:家族と誇りのために
左官職人・八五郎が家族のために奮闘する姿は、まさに江戸っ子の心意気。仕事に誇りを持ち、家族を守るために汗を流す。現代の働く人々にも通じる“生きる覚悟”が、ここにはある。派手ではないが、確かな強さが胸を打つ。
過去と現在をつなぐ“人の温度”
『本所おけら長屋』の魅力は、江戸という時代背景にありながら、現代の読者が「わかる」と思える感情が随所にあることだ。貧しさ、孤独、誤解、そして再生――それらは時代を超えて人間が抱えるテーマであり、長屋の住人たちはそれを笑いと涙で包み込んでくれる。
落語のような語り口に乗せて、畠山健二は「人って、いいな」と思わせてくれる。このシリーズは、ただの時代小説ではない。人間の根っこにある温度を、そっと手渡してくれる物語なのだ。