「平家伝説」――。この言葉を耳にしたとき、私の心は決まって、生まれ育った宮崎県の山深い場所にある「椎葉村」へと飛んでいきます。切り立った崖、深く静かな緑、そして歴史の荒波を逃れた落人たちの切ない記憶。宮崎で育った人間にとって、それはごく自然な、一種の反射のようなものです。
そんな郷愁に誘われるようにして、先日、を手に取りました。内田康夫さんの浅見光彦シリーズ第2作、『平家伝説殺人事件』です。
日曜日の朝、いつものようにお気に入りのマグカップに珈琲を淹れ、こんがりと焼けたホットサンドを頬張りながらページをめくり始めました。ところが、読み進めていくうちに「……そうだった」と、思わず苦笑してしまいました。舞台は宮崎ではなく、高知県の四万十川。その瞬間、数十年前にこの本を初めて読んだときも、全く同じように「地元の話だ」と勘違いして手に取ったことを、鮮明に思い出したのです。
数十年の時を経てもなお、同じタイトルに惹かれ、同じ場所を思い浮かべ、同じ発見に驚く。それは、かつての自分と今の自分が読書を通じて握手をしたような、少し不思議で温かい体験でした。

■ 1983年、若き日の浅見光彦との再会
本作が刊行されたのは1983年2月。第1作『後鳥羽伝説殺人事件』からちょうど1年後です。
今の私たちは、浅見光彦といえば「警察庁長官の弟として全国の警察に知られる名探偵」というイメージを持っています。しかし、この第2作の時点では、彼はまだ何者でもありません。兄・陽一郎の活躍を内田康夫が小説にして出版するという、あのお馴染みのメタフィクション的な設定が定着するのは、第5作の『津和野殺人事件』以降のことなのです。
そのため、本作で描かれる光彦は、行く先々で「怪しいルポライター」として不審者扱いされ、時には警察に連行されてしまうような、泥臭くも瑞々しい青年の姿をしています。
■ 四国の秘境に流れる、静かな「人の温度」
物語の舞台は高知県、四万十川の上流にある「隠れ里」。 かつて平家の落人たちが逃げ延びたという伝説が残るその村は、閉鎖的でありながらも、どこか凛とした美しさを湛えています。私が勘違いして思い浮かべた宮崎の椎葉村とも、どこか通底するような、深い森と歴史の闇。
内田康夫さんの描く旅情ミステリーの素晴らしさは、単なる謎解きに留まらず、その土地の空気感や、そこで慎ましく生きる人々の「温度」が文字からじんわりと伝わってくる点にあります 。読み進めるうちに、窓の外の景色はいつの間にか四万十の清流へと、そして私の記憶の中にある宮崎の山並みへと重なっていきました。
■ おわりに:記憶のインデックスを更新して
数十年前の自分と同じ勘違いを繰り返した今回の読書。それは、かつての記憶を単に思い出すのではなく、今の感性で新しく書き換える「記憶の再構築」のような時間だったのかもしれません。
もし、みなさんの本棚にも「昔読んだはずなのに、どこか記憶が曖昧な一冊」が眠っていたら、ぜひもう一度手に取ってみてください。そこには、忘れていた自分自身の想い出や、新しい発見が静かに待っているはずです。
今夜は少し、歴史のロマンに想いを馳せながら、ゆったりとした夜を過ごしてみたいと思います。