旅と歴史が織りなすミステリーの原点。内田康夫『後鳥羽伝説殺人事件』

投稿者: | 2026年6月28日

初版出版の日付をみると、ちょうど20歳の頃だった。次の誕生日で定年退職することが決まって、自分の社会人としての人生で一緒に歩んでくれた、内田康夫さんの浅見光彦シリーズを最初から読むことにした。

今回は、言わずと知れた名探偵・浅見光彦が初めて世に登場した記念すべきデビュー作、内田康夫さんの『後鳥羽伝説殺人事件』をご紹介します 。

■ 浅見光彦シリーズ、すべての始まりの物語

今や100作を超える長大な人気シリーズとなった「浅見光彦シリーズ」ですが、その記念すべき第1作目がこの『後鳥羽伝説殺人事件』です(1982年2月刊行)

のちの作品では、お馴染みの名探偵として全国を飛び回るルポライターの浅見光彦ですが、本作の時点ではまだ「探偵」としての自覚も世間的な有名度もありません

物語のきっかけは、光彦の妹である祐子の死。 彼女がかつて友人と共に旅した、広島県三次(みよし)市から島根県へと続く「後鳥羽伝説」のルート。その旅の途中で妹が巻き込まれた不可解な事件の真相を突き止めるため、兄である光彦が立ち上がるところから、彼の長い旅路が始まります。

■ 土地の歴史と伝説が溶け合う「旅情」の魅力

内田康夫さんの作品の最大の魅力は、なんといっても「舞台となる土地の空気感」が文字からじんわりと伝わってくる点です。

本作で描かれるのは、承久の乱に敗れて隠岐に流された後鳥羽上皇の足跡をたどる「後鳥羽伝説」。 歴史の裏に隠された哀しいロマンが、現代の連続殺人事件と静かにシンクロしていく構成は見事というほかありません。

作中に登場する備後三次の古い街並みや、尾道の風景、そしてどこか物悲しい歴史の影。読んでいると、まるで自分も光彦と一緒に木々がざわめく古道を歩き、風の音を聞いているような心地よい錯覚に囚われます。これこそ、まさに「in the Forest(森の中)」に迷い込んだような感覚かもしれません。

■ 若き日の浅見光彦と、お馴染みの「お約束」

シリーズでお馴染みの「警察庁刑事局長(のちに長官)の兄・陽一郎」や「母・雪江」といった浅見家の面々ももちろん登場します

ただ、まだ第1作目ということもあり、光彦自身もどこか若々しく、手探りで事件に挑む泥臭さがあります。のちのシリーズに見られる「水戸黄門」的な、兄の権力が最後に効いてくる爽快な展開の「型」が、このデビュー作でどのように芽吹いているのかに注目して読むのも、ファンにとってはたまらない愉しみです

■ 終わりに:心がちょっと曇り模様の日に

事件そのものは哀しく切ない結末を迎えますが、読後に残るのは不思議な爽やかさと、その土地へ旅に出てみたくなるような憧れです。

日々の喧騒から少し離れて、歴史のロマンに浸りたいとき。 ぜひ、温かい飲み物を片手に、浅見光彦の「すべての始まりの1ページ」を開いてみませんか?

みなさんの読書時間が、心地よい森のような静寂と癒やしに包まれますように。

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